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2018年12月09日
スタッフブログ

古事記の舞台

黄泉国訪問【よみのくに】

国生みを終えた伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と伊邪那美神(いざなみのかみは)、

次に神生みを開始して多くの神を誕生させました。

最後に火の神迦具土神(かぐつちのかみ)を生んだとき、

伊邪那美神は火傷をして亡くなり、比婆(ひば)山に葬られました。

妻を忘れられない伊邪那岐神は亡き妻を取り戻すため、

死者の国である黄泉の国(よみのくに)ヘ向かった。

入口で帰ってくれと語りかけると、

伊邪那美神は「黄泉の国の神と相談するので、その問、私の姿を見ないでください」

と答えた。しかし、いくら待っても現れないので、灯りをかざして内をのぞくと、

伊邪那美神の変わり果てた醜みにくい姿を見た伊邪那岐神は、

驚いて黄泉固から逃げ出しました。伊邪那美神は「わたしに恥をかかせた」と恨み、

黄泉国の醜女(しこめ)や雷神たちに追跡させました。

伊邪那岐神は髪飾りの櫛、桃を投げつけ、十拳剣(とっかのつるぎ)を振るいながら、

現世と黄泉国の境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)までたどりつきました。

最後に伊邪那美神が追ってきました。

伊邪那岐神は黄泉国の出入口を閉じるため、

千引ちびきの岩を黄泉比良坂に据えました。

岩の向こうで伊邪那美神は「こんなことをするなら、

あなたの国の人々を一日に千人殺す」といい、

伊邪那岐神は「それなら私は一日に千五百人の子を生もう」と答えました。

こうして二神は永遠の別れを告げました。

その後、伊邪那岐神は宮崎市阿波岐原の「みそぎ池」で体を清めたと言われています。

八岐大蛇退治(やまたのおろち)

天照大御神(あまてらすおおみかみ)が定める高天原(たかまがはら)を

追放された須佐之男命(すさのおのみこと)は、

出雲国の肥ひの河かわ(斐伊川)上流の鳥髪(とりかみ)に降り立ちました。

そこで須佐之男命は泣いている娘と老夫婦に出会いました。

名を尋ねると、老夫は大山津見神(おおやまつみのかみ)の子の足名椎(あしなづち)、

妻は手名椎(てなづち)、娘は櫛名田比売(くしなだひめ)だと答えました。

さらに泣いている理由を尋ねると

『八岐大蛇が毎年、娘を一人ずつ食べに来ました。八人のうち一人をまもなく食べにやってきます。」という。

さらに聞けば、八岐大蛇は八つの頭と尾を持ち、

谷の山の尾根を八つも越える巨大な蛇。その目は赤く燃え、腹はいつも血でただれている怪物だという。


須佐之男命は櫛名田比売を娶(めと)ることを条件に、大蛇退治を決めました。

まず比売を櫛に変えて頭に挿すと足名椎夫妻に、強い酒を醸(かも)し、

垣根を作り、八つの門を設け、そこに酒を入れた酒船を置くよう命じました。

準備を整えて待ち受けていると、ついに大蛇がやってきました。

大蛇は八つの頭を八つの酒船に突っ込んで呑み、酔いつぶれて眠ってしまいました。

それを待っていた須佐之男命は、剣で大蛇を斬り刻むと、肥の川は血飛沫(ちしぶき)で赤く染まりました。

須佐之男命が大蛇を斬り刻んでいたところ、不意に剣の刃が欠けました。

見ると大蛇の尾のあたりから太刀が現れました。

須佐之男命はこれを天照大御神に献上しました。この太刀が後に三種の神器の一つとなる草薙(くさなぎ)の太刀です。

八岐大蛇退治を成し遂げた須佐之男命は櫛名田比売と結婚し、

宮を須賀(すが)の地に定め、雲が盛んに立ち上る様子を見て、

「八雲立つ 出雲八重垣妻寵(つまごみ)に 八重垣つくる その八重垣を』と歌を詠みました。

国譲り

大国主神(おおくにぬしのかみ)が治める
葦原中国(あしはらなかつくに)には栄えていました。

そんな地上世界を高天原たかまがはらから見ていた

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、

「葦原中国はわが子の天之忍穂耳命(おめのおしほみみのみこと)が治めるべき国だ』

と宣言しました。そして、天之忍穂耳命を地上に派遣しようとしましたが、

地上の神々の騒々しい様子を見て諦(あきら)めました。


 天照大御神は八百万(やおろず)の神々と相談して、

天之菩卑能命(あめのほひのみこと)を、

次に天若日子命(あめのわかひこのみこと)を派遣しましたが、

大国主神に次々と懐柔(かいじゅう)されてしまいました。

不審に思った天照大御神は雉(きじ)の鳴女(なきめ)を遣わしましたが、

天若日子命は鳴女を射殺しました。

その矢は鴫女を貫いて高天原に届き、

高天原からの返し矢を受けて天若日子命は絶命しました。


 次に遣わされたのは建御雷之男神(たけみかずちのおのかみ)と

天鳥船神(あめのとりふねのかみ)。

二神が降り立ったのは出雲の稲佐(いなさ)の浜です。

建御雷之男神は十拳剣(とっかのつるぎ)の柄(つか)を波頭に突き立て、

その切っ先にあぐらをかいて座し、

大国主神に葦原中国を譲るよう要求しました。

大国主神は自分の一存では答えられないとして、

息子と事代主神(ことしろぬしのかみ)に判断を委ねました。


 事代主神は今、美保(みほ)の岬(みさき)(美保関)で釣りをしているというので、

すぐに天鳥船神が美保の岬に向かい、事代主神を連れ帰り、国譲りを迫りました。

これに対して事代主神は国譲りに同意し、

乗ってきた船を踏み傾け、

逆手(さかて)を打ち青柴(あおふし)をめぐらした神座の中へ姿を消しました。


 もう一人の息子建御名方神(たけみなかたのかみ)は納得せず、

建御雷之男神に力比べを挑(いど)みました。

建御雷之男神に投げ飛ばされた建御名方神は、

信濃国の諏訪湖まで逃げ、この地からもう離れないと命乞いをしました。


 諏訪から出雲に戻った建御雷之男神は、大国主神に最終判断を迫りました。

大国主神に園譲りの条件として、高天原の大神の子孫の住まいと同じように、

地中深く太い柱を立て、高天原に届くほどの高い宮を建てることを要求しました。


 その後、大国主神は服従の証(あかし)のとして、

建御雷之男神を迎えるための館を、出雲国の多芸志(たぎし)に建てました。

さらに神に供えるための食事を準備すると、改めて誓いの言葉を唱えました。

建御雷之男神は高天原に帰り、

葦原中国を征服したことを天照大御神らに報告しました。

こうして、大国主神の治世は終わりを迎えました。

風土記の舞台

国引き

八束水臣津野命(やつかみずおみづぬのみこと)が、

八雲立つ出雲国は幅の狭い布のように細長く、未だ整わない国であると言って、

作り縫って大きくしようと宣言された。


 まず「志羅紀(しらぎ)の三埼(みさき)」(朝鮮半島の新羅(しらぎ)国)に

国の余りがないかと見たところ、余りが見つかったので

「国よ来い、国よ来い」と引いて来て縫い合わせた地域が

「去豆(こづ)の折絶(たえ)」から「支豆支(きづき)の御埼(みさき)」にかけての土地です。

綱をつなぎ止めた杭(くい)は佐比売(さひめ)山(三瓶山(さんべさん))、引いた綱

は薗(その)の長浜です。


 次に「北門(きたど)の佐伎(さき)国」(隠岐の島前)に余りがないかと見て、

余りを切り取って、「国よ来い、園よ来い」と引いてきたのが

『多久(たく)の折絶(たえ)」から『狭田(さだ)国」にかけての地域です。


 さらに「北門(きたど)の良波(よなみ)国」(隠岐の島後)からも国引きを行い、

引いてきたのが「宇波(うなみ)の折絶(たえ)」から「闇見(くらみ)の国」

にかけての地域です。


 そして最後に、「高志(こし)の都都(つつ)の三埼(みさき)」(北陸の能登半島)

からも国引きを行い、「三穂(みほ)の埼(さき)」(美保関)をつくりました。

このときに使った綱が夜見嶋(よみのしま)(弓ヶ浜)、

つなぎ止めた杭は伯耆(ほうき)国の火神岳(ひのかみのたけ)(大山)です。


 八束水臣津野命は国引きを終えて、意宇(おう)の杜(もり)に杖を衝(つ)き立て

て、「意恵(おえ)」とおっしゃった。

加賀の潜戸(かがのくけど)

佐太大神(さだのおおかみ)がお産まれになった処です。

大神がお産まれになろうとしていた時、弓矢がなくなった。

その時、御母である枳佐加比売命(きさかひめのみこと)は

「わたしの生んだ子が麻須羅神(ますらかみ)の子であるなら、

亡くなった弓矢よでてきなさい」と祈願なさいました。

その時、角(つの)の弓矢が流れ出てきました。

これを見た御母は「これはわたしの弓矢ではない」と

おっしゃって投げ捨てられました。すると今度は黄金の弓矢が流れ出てきました。

御母はそれを手にすると「なんと暗い窟(いわや)であることか」

とおっしゃって金の弓矢で窟を射通されました。

すると、どうしたことだろう。暗い窟が光り輝いたのです。


 窟には御母の枳佐加比売命(きさかひめのみこと)の社が鎮座しています。

今の人はこの窟のあたりを通るとき、必ず大声をとどろかせて行きます。

もし密(ひそ)かに行こうとすると、神が現れて突風が起こり、行く船は必ず転覆します。

玉造温泉

玉湯町周辺は、出雲国造(こくそう)が新任に際して朝廷に参上する時、

潔斎(けっさい)に用いる清浄な玉を作る地です。

ここの川のほとりに温泉が湧いています。

温泉のある場所は、海でもあり陸でもある、その境目です。

それで男も女も老人も子供も、あるいは道路を行き交い、

あるいは海中を浜辺に沿っていき、毎日集まり市がたったようなにぎわいで、

入り乱れて宴(うたげ)を楽しんでいます。


 一度温泉を浴(あ)びれば、たちまち姿も麗(うるわ)しくなり、

再び浴びればどんな病気もすべて治ります。

昔から今にいたるまで、効き目がないことはありません。

だから土地の人は神の湯と言っています。




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